グッチ一族
グッチオ・グッチが1953年に亡くなり、息子のアルドが経営者となります。1965年から70年代にかけて、ビットモカシン、レディスウェア、香水などが発売されました。しかし、会社運営を巡り、親族間で血みどろで骨肉の争いが80年代に起きます。
これにより、経営状態も悪化し、「倒産するのでは?」と噂されるほどでした。当時、主に会社を経営していたのは、アルド、バスコ、ウーゴ、ロドルフォのグッチオの4人息子でした。
父親に犯行的だったアルドの息子パウロは、アメリカ市場で、高級品だけでなく、安価な商品を作るべきだと考え、勝手に「PGコレクション」、「パウロ・グッチ」を展開しました。
これがきっかけになり、一族の大反対の末、家族から追放されることになりました。因みに、今現在までも、パウロが作った商品は、グッチの正規商品として認められていません。もちろんメンテナンスは受けられません。